シリコセン

- SILICOSEN -

 

100年以上の歴史を変えたシリコーンの培養栓

 

40年以上前に共同開発された『シリコセン』
培養栓が綿からシリコーンに変わったことで、微生物研究者たちの間では利便性の高い画期的な製品であると注目された製品です。
画期的な製品として社会で役に立つまでの『シリコセン』の秘話です。
 


『シリコセン』の誕生と開発
私たち人間が生きていくために欠かせない菌を育てる一役を買う『シリコセン』の共同開発に携わっていただいた元東京大学教授である山里一英博士に『シリコセン』の誕生と開発の経緯についてお話をうかがいました。

やまさと かずひで
山里 一英博士

1933(昭和8)年生まれ。1956年東京大学農学部農芸化学科卒。1964年同大学院博士修了。農学博士(農芸化学)。1965年東京大学応用微生物研究所助手(微生物分類学)、助教授、教授を経て、1993年退官。1997~2003年東京農業大学大学院嘱託教授(醸造学)。

 

専門は微生物分類学、微生物系統保存。日本微生物株保存連盟(現日本微生物資源学会)会長。凍結及び乾燥研究会(現日本低温生物学会)会長。

 

菌の培養に欠かせない培養栓

菌(カビやバクテリアなど)を培養・保存する私たち研究者にとっては、培養培地を入れた試験管と、空中に浮遊する雑菌が入り込まないようにする培養栓は、なくてはならない研究道具の一つです。昭和40年代前半、東京大学応用微生物研究所(現・分子細胞生物学研究所)内の微生物分類・保存部門に所属していましたが、新設された有用菌株保存施設という部門に異動になりました。

この部門は多数の菌株を収集・保存して、国内外の微生物の研究者(公的研究所、企業研究所)に提供する仕事を主に行う部門です。多数の菌株を培養して保存し、かつ配布しなければなりません。試験管1本1本に手作りで綿を丸めて栓をしなければならず、しかも繰り返し使用できないため培養ごとに作成するので、膨大な時間が費やされます。一方、折から始まった国の定員削減政策の煽りを受け、人員は増えず、自らが綿栓を作らざるをえない状況に置かれて、肝心の微生物の研究そのものが大いに阻害されることになりました。

培養栓は100年以上前から綿栓を使用していましたが、綿栓に代わる培養栓―手作りでなく、出来上がっている製品で、繰り返し使用可能、そして試験管内外への酸素、炭酸ガスは通すが菌は外から入り込まない栓―をこのような状況下において開発しようと思いました。

 

研究者のニーズとメーカーのシーズ一致

何か綿栓に代わるものはないか探し始めた時、アメリカで使われているというウレタンを円筒形に整形した培養栓の存在を知りました。

しかし、菌を培養するためには、高温(120度)で培養栓をした培地入り試験管を滅菌する―培地中や培養栓についている雑菌を殺す―という過程がありますが、ウレタンでは、滅菌後には試験管に入れた部分が細く型がついてしまって抜けやすく雑菌が入りやすく、かつ繰り返し使用できず、使い捨てになってしまうという決定的な欠陥があったのです。

そこで、ウレタンに代わる、復元性がある材質を東大近辺に多い医・理化学店で探していました。一方、ちょうどその時、信越ポリマーさんは連続発泡させたシリコーンゴム※1を開発して、用途の探索・開発の情報を得るため医・理化学関連の商社にサンプルを配っていたのです。信越ポリマーさんに連絡、「微生物の培養では綿栓というものを使っている。連続発泡シリコーンで綿栓に代わるものを作れないか」と相談しました。

もし私が理化学店をまわるのが信越ポリマーさんのサンプル配布より少し早い時期だったら連続発泡シリコーンに出会わず、適当な材質はないものとあきらめたかもしれません。それぞれが持っているニーズとシーズが出会ったのは幸運な偶然でした。

※1:
連続発泡させたシリコーンゴム『シリコセン』
『シリコセン』は、目に見える大きな孔が上から下まで通っていますが、目に見えない微小な菌は通しません。
その原理はSwan’s neck (白鳥の首)*にあります。
*Swan’s neck (白鳥の首)
白鳥の首のように細く曲がった管は、菌を通さず空気のみを通す。

19世紀中頃、「生命の自然発生説」と「生命は生命からのみ生まれるという説」の間で大論争がありました。
容器に栄養物(肉汁)を入れて加熱してから封じると、放置しておいても腐らないことから、「自然発生説」は否定されたかに見えましたが、腐らないのは密閉されていて「空気の中の、何か生命の発生に必須なもの」がないためだ、との反論がなされました。
一方、ルイパスツールは開口している容器に栄養物を入れ、加熱滅菌して放置し、肉汁が腐らないことを示して「生命は生命からのみ生まれる」という大原則を打ち立てました。
パスツールの用いた容器の開口部は、細く、長く、湾曲していていわば「白鳥の首」の形をしていたのです。空気は通すが、菌は外気に接している開口先端から肉汁にたどり着くまでに途中で引っかかってしまっていたのです。

 

社会に役立つ製品シリコーン製品を世界にも

信越ポリマーさんが試作したサンプルについて、以下4項目の評価を行いました。

 

  1. 雑菌が試験管の中に迷入するか
  2. 通気性
  3. 保持力―試験管から抜けやすいか
    (試験管と培養栓の密着度)
  4. 菌を培養したあとの保存中の水分蒸発
    (培地が乾燥すると菌が死滅する)

 

連続発泡させたシリコーンゴムは、綿栓より劣るものの通気性があり、一方で、疎水性なので水分蒸発が著しく少なく、ウレタンよりも耐熱・耐久性があるため、何十回も繰り返し使用が可能で、綿栓に代わるものとして十分、役割を果たす機能があることがわかったのです。好気性菌※2の培養用としての製品化を共に進め、数年で通気性を向上させた『バイオシリコ』の開発に到りました。

 

『シリコセン』の使用で綿栓を作らないで済み、私の研究時間の確保に大いに役立ちました。長年にわたって多くの微生物研究者を煩瑣な綿栓作成作業から解放し、時間を大いにセーブしてきたことは、新規な精密機器とは趣の違った特徴のある貢献であると思います。

 

当時から40年以上が経ち、『シリコセン』は性能がよく、国内の微生物研究者の間では知らない人がいないほど知名度がある製品に成長しました。便利な製品ですので、国内だけでなく、海外にも積極的にPRして、世界中の研究者に使っていただきたいものです。

※2:
菌の種類と通気量
好気性菌:生育・増殖に空気を必要とする菌。
糖を酸化して炭酸ガスと水にしてエネルギーを獲得して生きる。
われわれの呼吸と同じ。