── 入社のきっかけを教えてください。
大学院では高分子合成の研究をしていました。就職活動中、同じ研究室の友人から「信越ポリマー」という名前を聞いたのが最初のきっかけです。自分の研究分野と近い会社なのかなと思って調べ始めたのがスタートですね。
当時はまだガラケーの時代で、会社説明会で「携帯電話のボタンの世界シェアNo.1です」と聞いたときは驚きました。自分が毎日使っている携帯のボタンを作っている会社があるんだと。それに加えて、医療用のシリコーンカテーテルも手がけていると知り、医療分野にも関心があったので、ぜひ技術開発に携わりたいと思いました。
製品のユニークさに惹かれていましたし、当時対応してくださった人事の方の雰囲気がとても良かった。グイグイ押してくるわけでもなく、冷たいわけでもなく、こちらの希望をちゃんと聞いてくれる絶妙なバランスが心地よくて。この人たちと一緒に働きたいなと思えたのが、決め手でした。
── これまでのキャリアの流れを教えてください。
入社後の最初の3年間は開発部門で製品開発に携わりました。その後、マレーシア工場に5年間赴任して、医療用シリコーン製品の製造管理を担当しました。当時は20代後半で、正直、海外で働くなんてまったく想像していなかったんです。一緒に仕事をしたことのある先輩から「行ってみないか」と声をかけてもらったのがきっかけでした。
帰国後は技術生産統括室に配属されて、最初はメディカル製品の工場管理、今は自動車向けスイッチ製品の生産管理・原価管理を担当しています。国内工場と海外の複数工場が問題なくものづくりできているか、コストは適正かといったことを確認し、課題があれば現場と一緒に解決策を探っていく仕事です。
知識も経験も十分でない中で、日本との窓口と現地スタッフの対応をすべて担わなければならなかったことですね。最初の1〜2年は、とにかく目の前のことを一つひとつこなす日々でした。言葉の壁もありましたし、日本側の方々にもたくさん助けていただきました。
ただ、3年目くらいから自分のペースがつかめてきて、「言われていることの本質はこういうことだな」とわかるようになってからは、自分のやりたいようにできるようになりました。
── そのとき支えになったものは?
一緒にマレーシアに赴任してくれた先輩の存在が大きかったです。毎日隣の席に座って朝から夕方まで一緒に仕事をして、わからないことは何でも聞ける関係でした。細かいことを全部指示するタイプではなく、聞けばとことん教えてくれるような方で。
お互い単身赴任だったので、お昼も夜も一緒にご飯を食べて、休日にはゴルフの練習に行ったり、新しいお店を開拓したり。仕事だけでなく、生活面でも何でも相談できる関係でした。あの先輩が一緒にいてくれたから、仕事にも現地の生活にも慣れていくことができた。今でもとても尊敬しています。
── 海外経験を通じて変わったことはありますか?
海外で働くことへの意識がガラッと変わりました。日本にいると、たくさんの社員の中の一人という感覚ですが、海外では日本人の数が限られている分、一人ひとりにかかる責任や役割が大きい。製造、品質、購買と、さまざまな分野の業務を担うことになるので、視野が一気に広がりました。知らないことに飛び込んで勉強するのが楽しいタイプなので、自分には合っていたんだと思います。
(本記事は2026年2月実施の取材内容です。)
|
08:30 出社 メールチェック 各拠点からの設備投資の書類確認や修正指示 |
|
11:00 打ち合わせ内容の議事録作成 |
|
12:00 昼食 |
|
13:00 海外工場の定例報告会 |
|
17:00 会議終了後 事務処理 |
|
18:30 退社 |
◆会社全体として残業は多くないですし、メリハリをつけて働ける環境だと感じています。
もう一度、海外の拠点で仕事をしたいですね。
前回は20代後半でわからないことだらけでしたが、帰国してからの
9年間でマレーシア以外の海外拠点とのやりとりも増えて、視野が広がりました。今度は、現地スタッフの人材育成や、工場としての技術力向上に貢献できるような、責任あるポジションで関わりたいと思っています。
信越ポリマーは、一つの会社にいながら本当にいろいろな経験ができる場所です。開発からスタートして、海外赴任を経て、今は統括という全く違うポジションにいますが、どのキャリアも今の自分につながっています。「こういう仕事がしたい」という希望を伝えれば、それを受け止めてくれる風土がありますし、先輩方も親身になってサポートしてくれます。
まだやりたいことが明確でなくても大丈夫です。新しいことに興味を持って、飛び込んでみる。その姿勢があれば、きっと信越ポリマーで充実したキャリアを築けると思います。






